良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ストレイト・ストーリー』(1999) リンチ監督が投げたビーン・ボール!出来栄えは素晴らしい。

 フェチ的、もしくは変態的で、しかも映画芸術としてしっかり成立しているという、類稀なる作品を撮らせると右に出る者はいない、巨匠デヴィッド・リンチ監督の、世紀末である1999年に作られた作品です。

 

 公開当時に観たときは、ノストラダムスで揺れていた世紀末だから、もしかするとそれまでの変態的な作品を作ったことへの贖罪の意味を込めて作られたのかと思いました。それほど、今までとは別の意味で衝撃的な作品でした。実際には、ただ作りたかったから作っただけなのでしょうけれど。

 

 話は変わって、その昔、ト・ショウヘイ(元・中国共産党主席)は来日時に、新幹線に乗った時「これでは早すぎて景色を楽しめない」と言ったそうです。じいちゃんは万国共通なんでしょう。ただ、このロード・ムービーは、それまでの『イージー・ライダー』などに代表されるロード・ムービーが持っていた刹那的・暴力的な映像、そして爆発的な速度とは縁遠いオリジナルなロード・ムービーを生み出しました。それがまた、とても心地よいのです。

 

 この映画での主人公であるじいちゃんは、世知辛い都会人からすると、ビジュアル的にとても良い感じなのですが、この映画はそれだけではないと思います。見た目だけで判断するならば、のんきで時間だけは沢山ある、じいちゃんの珍道中(しかもたいした事は起こらない)というだけの映画かもしれません。

 

 しかし70歳を過ぎるじいちゃんが淡々と、しかしなにがなんでも自分の意志と道具(トラクター)で目的地までたどり着こうとする、人間の強さには感銘を受けます。  

 「ただ会いたい!」というだけで、農業用のトラクターに跨り、だだっ広いアメリカを横断していくじいちゃんの大陸的感覚が驚異的です。ようやく努力が実り、病気の弟と再会しても、何か話すわけでもなく、お互いにじっとしている様子には、黒澤監督の『八月の狂詩曲』でも見られるような無言のコミュニケーションがあります。

 

 これを見た時には、年老いた老人には、世界中どこでも理解できる「沈黙」という理解方法があることに「うーーむ。ふかい。」とひとりで納得して見てしまいました。  

 

 過去にどんなにひどい喧嘩をしても解り合える男同士の兄弟の絆は素晴らしい。男兄弟を持つ人は解ってくださると思いますが、何年か振りに会ったとしても特に会話を交わすことなどありません。ただ元気かどうかだけ解れば、それでいい。こうしたことが作品できちんと描かれています。

 

 たしかにストレイトという名前の通り、平坦で何一つ驚きどころの無いストレイト過ぎる作品であることは認めます。そして、「えーーーーっ!これほんとにリンチ?」と言うのも分かります。

 

 たしかに、何も考えず作品にひたり、リンチ監督への先入観をなくして見ると、ごく普通の作品かもしれません。しかし当然ながら、誰が監督だったか分かっていて観ましたので、その時は衝撃的で、自分自身もリンチが血迷ってしまったのかと思いました。

 

 しかし『エレファントマン』や『ブルーベルベット』の重たいテーマや、蟻の目線での奇妙なカメラワークなどに慣れ親しんでしまった僕には、ある意味「変化球」のようなこの作品もまた、リンチ監督らしいのかなあとも思います。

 

 どうしてもこの作品を、リンチ作品だと思いたくない人もいるかもしれませんが、そういう人はリンチ監督だと思わずに、一本の作品として見ればいいんじゃないでしょうか。純粋に良い映画なのですから。

 

 刺激的映像が全く無いことから来る、焦らしのテクニックの見事さ。いつか来る、もうすぐ来ると思わせておいて何も無い。ヒッチ先生のマクガフィンのような、悪戯心をリンチ監督に見ました。作風の幅が更に広がった会心作です。

総合評価 84点

ストレイト・ストーリー

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