良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『不都合な真実』(2006)一瞬はアメリカ大統領になった人物が語りかける地球危機の講話。

 最近TVなどのマスコミでも取り上げられることも多かった前民主党アメリカ大統領候補のアル・ゴア氏の講演を収録した『不都合な真実』を観に行ってきました。残念ながら僕の住む奈良の田舎では、この話題作品を上映しているのはわずか東宝シネコン一館の一スクリーンのみ、そしてここに行くには鈍行列車に乗って、小一時間掛かってしまう。

 どうでもいいハリウッド映画を沢山のスクリーンでやるよりも、問題作や新人や巨匠の作品こそ、一本でも多く上映すべきではないかといつも思ってしまう。まあなにはともあれ観れただけで良しとしよう。

 まず驚かされたのはゴア氏の語り口であった。淡々と事実を積み重ねていくが故に生まれる説得力の重みは他の凡庸なドキュメンタリーを圧倒する。とてつもなく深刻な話が90分以上続くのであるが、瞬きするのも難しいほどに様々なデータやエピソードを網羅している。

 全米で人気のナンセンス・アニメであるシンプソンズを意識したキャラクターを使用して、温暖化問題の「問題点」を皮肉っぽく伝えるアニメ部分や時折挟む共和党ホワイトハウスがらみの風刺ジョークはどうしても硬くなりがちな内容に、観客が上手く適応できるようにするための心使いであろう。

 アフリカのキリマンジャロヘミングウェイの『キリマンジャロの雪』を読んだときには是非とも一度行ってみたかった)や北極や南極の現在の危機的な様子は視覚で観客を圧倒する。ただ観客を圧倒するだけでなく、なぜ簡単に棚氷が消失してしまったのかをデータと映像で解りやすく示している。

 一人一人が分かりやすいように穏やかに語りかけるゴアはまるで童話の語りべのように深刻な現実と厳しい未来予測を我々に提示する。主義主張、体制側、そして非体制側に関係なく、すべての地球人に平等に降りかかり、否応なく迫ってくる、この危機を前に我々は無力であるように見える。

 だが彼はこの危機的状況にあって、ただ力なく落ち込むだけでなく、我々でも出来ることから危機を回避するきっかけつくりの第一歩を実行するようにアドバイスしている。

 低燃費、低フロン、CO2削減のための第一歩を提言する。車はどこのものが一番環境に優しいか(ハイブリッドを買うように薦めている)、どんな電化製品を買うべきか、どんな交通手段を使うべきか(もちろん公共的なバスや電車)を提案してくる。

 結果的に彼の講演は自国の産業構造と国民の精神構造に対して、猛省を促す内容になっている。反省というキーワードがアメリカ人にあるとは思ってもいなかったので、ここら辺の行は驚きでした。はたしてゴアがあのまま大統領になっていたならば、どれだけのことをやり切れたであろうか。

 非常に興味のあることです。アフガン戦争、イラク戦争、イランの緊張、京都議定書への調印拒否、北朝鮮の危機の内、どれか二つくらいは避けられたのではなかろうか。なかでも京都議定書への調印拒否は絶対に避けられたであろう。

 そして彼が生涯続けてきた環境問題についてもなんらかの進展が見られたのではないだろうか。軍需産業界の御用聞きに成り下がっている共和党ブッシュよりはマシだったであろう。しかしブッシュという人はドキュメンタリー映画に出ると、何であんなにアホに見えるのだろう。

 作品の構成としてはまずは前半ではこの環境問題のうちで最も重要である温暖化についての概要を説明し、後半はゴア自らがこの問題に関わるようになっていった経緯を話すことによって、観客一人一人に、よりパーソナルに訴えてかけてくる構成は見事である。

 彼の主張ははっきりしていて、見下すような姿勢を取ることは決してなく、そしてただ危機感を煽り立てるだけの一過性のセンセーショナリズムとも真っ向から対立する。真摯にこの問題に向き合う姿勢に感銘を受ける。

 彼が求めるのは観客すべてが事実を知り、そしてなんらかの環境への良いことを個人レベルの草の根運動から実行していくことである。彼は人生を掛けて、アメリカ国民を説得し続けるであろう。

 彼の母国アメリカは世界で一番CO2を排出し続ける後進国である。他国というよりも他地域(EU、アフリカ、アジア全域の排出量合計)の出すCO2よりも、もっと多くのCO2を出し続けるアメリカを、ゴアが彼の主張どおりに動かしていった時にはじめてこの問題は解決へと向かうであろう。政治的に、そして軍事的にもっとも大きな権力を持つ国が動かない限り、大きな運動にはならないのも事実なのである。

 ショッキングな映像が多数挿入されるこの映画の中でも、南極や北極の氷が溶けたときのシュミレーションでニューヨーク、上海、インド、オランダが瞬時に水没していく映像はいかに深刻な状況になりつつあるかを見る者に訴えかける。

 カトリーナをはじめとするすべての大規模災害の根本の原因は人間であるという当たり前の事実に真剣に向き合わねばならない時が近づいてきているのは明らかである。温暖化を否定する人はいないであろう。異常気象も二年続けば前年並みという表現に落ち着くのを忘れてはならない。

 ただこれはあくまでもゴア氏側、つまり民主党支持者としてのゴア氏から制作されたドキュメンタリーであり、共和党側にも真剣に環境を考えている議員もいるであろうことを忘れてはならないのではないかとも思う。体制側である共和党議員としては今は表立って動きにくい状況なのかもしれません。

 本来は全世界から代表を出して話し合わねばならない重要課題であるのに、いつまでも北朝鮮やらイランやら局地的な問題ばかりに目を奪われがちなのが残念です。代替エネルギーの開発も石油メジャーなどが徹底的に妨害しそうです。彼らは解っているのでしょうか。われわれが住んでいるのは地球であり、地球はひとつなのです。

 局地的な成功よりももっと重要なのは地球規模での生き残りである。実際に両極の氷が解けてしまえば、何億という難民が生まれるのは明らかである。絵空事ではない、来るべき未来、それもかなり暗い未来を向かえる前に人類は変われるのか、否か?

総合評価 92点

aisbn:427000181x不都合な真実