良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ア・ハード・デイズ・ナイト』(1964) イギリスがアメリカを音楽で占領した日。

 リチャード・レスター監督により1964年に製作された、「じゃーーーーーーん!」というギター音が印象的な、言わずと知れたビートルズの主演映画の第一作目。だがこの作品はそんじょそこらのアイドル映画とはわけが違うスケールの大きさと魅力に満ち溢れているのです。スターが笑顔で、歌っているだけのものではありません。  

 最も忙しかった頃のビートルズの、「一日」の様子をカメラが追っていき、その日に起こる事件の数々をフィルムに収めていく、という擬似ドキュメントのような出来栄えです。この作品にはミュージカル、ネオリアリズムヌーヴェル・ヴァーグの良さが程よくブレンドされています。それがまた当時の彼らの魅力と勢いを世界中の人々に伝える素晴らしいものであり、まさに時代を切り取った映像記録として、とても貴重なものです。

 ちなみに、後年に同じ「一日」を記録した『マジカル・ミステリー・ツアー』が大失敗したのとは対照的でした。『マジカル~』はサイケな映像が初回放送ではモノクロ!で行われるなどの不幸があったにせよこの作品とは雲泥の差で、本作品に出演して溌剌とした様子を見せていた彼らは既に過去のもので、恥と疲労にまみれていました。

 とにかく作品全体から出てくるスピード感はすさまじく、各エピソードも当時のまるで、実際のニュース映像を盛り込みながら作品が構成されているような、リアリティを感じるつくりがされています。各エピソードの合間に流れてくる、またはステージで演奏されるビートルズ・ナンバーも傑作ぞろいの曲ばかりなので、彼らを知らない音楽ファンでも抵抗なく受け入れてくれるものとなっていると信じます。

 ただカメラの前に立っているだけでこんなに人々を魅了するグループを彼ら以外には知りません。特にリンゴ・スターの自然な演技には本当に驚きましたし、後々彼が音楽よりも俳優として評価されていくのも理解できます。また彼以外のメンバーたちも初めての映画であるのにもかかわらず堂々としていて大器振りをうかがわせてくれます。こんなにチャーミングなロック・グループはその後では残念ながら現れていません。

 モノクロの光と影のコントラストが非常に上手く使われていて当時でもカラーで撮れたはずなのにあえてモノクロで撮った意義はレスター監督の美意識だったのでしょう。このモノクロ映像がリアリティを出すことにかなり貢献しています。頻繁に使用されるジャンプ・カットはあの時代のヌーベル・ヴァーグの影響なのでしょうがこの作品ではその手法がかなり効果的に使われていて彼らがもとから持っているスピードにさらに加速度を与えています。

 ひとつの映画のために、わざわざ全曲を、しかもオリジナルで書き下ろすという今ではごく普通のことが、作曲家と歌手が分業していた当時では、まず画期的です。ほとんどの歌手はその名の通り歌うだけで作詞・作曲をしていない状況だったのですから。  

 また出来上がった曲の全てがとても素晴らしい。『ア・ハード・デイズ・ナイト』、『恋する二人』、『イフ・アイ・フェル』、『素敵なダンス』、『ディス・ボーイ』、『アンド・アイ・ラヴ・ハー』、『テル・ミー・ホワイ』、そして『キャント・バイ・ミー・ラヴ』はビートルズ・ナンバーの中でもレベルの高い曲ばかりです。

 ちなみにファンクラブ主催の上映会の時には冒頭で『僕が泣く』がかかってからスタートしました。そのときに今では見る事のかなわない『レット・イット・ビー』も観ました。

 個人的には、これらの曲が昔で言うレコードのA面に収められ、そしてB面に『アイル・ビー・バック』や『ユー・キャント・ドゥ・ザット』などが収められているアルバムが(イギリスオリジナルの三枚目の『ア・ハード・デイズ・ナイト』です)最もお気に入りです。なぜならばこのアルバムとこの映画には彼らが一番魅力的で才能豊かだったころの全てがあるからです。

 まだジョンとポールは揉めていませんしジョージもリンゴも自分たちの分をわきまえています。ジョン自身のナンバーについては、このころの作品がベストだと断言します。彼はピュアなロックンローラーなのです。僕は反戦メッセージの伝達者ではなくかっこいいロッカー・ジョンが好きです。

 移動時に使われる列車、車、ヘリコプターのすばやい密室空間、演奏する仕事場であるステージ、そしてなぜか河原。ほっと一息つけるのはこの河原のシーンだけでほかのシーンには全て絶叫があります。

 彼ら自身の「ほっといてくれ!」というメッセージが聞こえてくるようです。ビートルズ作品は全部で五作ありますが面白さと彼らの魅力を最も伝えることに成功したのはこの作品です。

 この作品と次の『ヘルプ!』は「古典的」であり『マジカル・ミステリー・ツアー』と『イエロー・サブマリン』は「モダン」であり、そして崩壊していく『レット・イット・ビー』は「ポスト・モダン」なのです。

 映画作品として最も成功したのが「古典」であり、失敗したのが音楽の芸術性は別にして「モダン」と「ポスト・モダン」というのは、彼らの革新的かつ進化を続ける音楽性からするととても皮肉なことです。彼らの映画からも文芸批評の流れと同じ文脈を感じることが出来るのです。

総合評価 92点

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