良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『椿三十郎』(1962) 『用心棒』の続編という枠を打ち破って、真のヒーローとなった三十郎。

 黒澤明監督の1962年制作作品です。キャラクターの名前からも明らかな通り、大ヒット作『用心棒』の続編作品です。『用心棒』は、その後イタリアでも『荒野の用心棒』として、黒澤サイドの許可も無く丸ごとコピーされました。そのコピーが世界的な大ヒットとなった、といういわくつきの作品である『用心棒』の続編が、この『椿三十郎』です。

 

 続編と言っても、『猿の惑星』や『ダイ・ハード』などのような、よくある会社のお金儲けのためだけに作られていく普通のそれではなく、この映画の各要素の中には、『用心棒』を越えていると思われる部分がいくつか探し出すことが出来ます。

 

 続編という枠には収まりきれない、真の娯楽作品であり、これは一本の映画としても、とても素晴らしい作品なのです。『姿~』と『續 姿~』で続編には懲り懲りと思っていたはずの黒澤監督ですが、黒澤プロ設立などで自社スタッフを食べさせていく必要性のためか、この作品を渋々ながら引き受けています。

 

 作品としての美しさと重厚さ、そして撮影の美しさならば『用心棒』ですが、活劇としての面白さでは『椿~』に軍配を上げます。続編作品というものは、作家としては制作上の新鮮さに欠けるテーマであり、まっさらの気持ちで仕事に臨む事は難しかったはずですが、それにもかかわらず、出来上がった作品はかなりの高レベルの完成度を誇っています。

 

 続編物を外枠のみ同じで、中身を変える事で新たなものに作り変え、新鮮な魅力をより強調しました。改めて黒澤監督は偉大な映画作家であることを実感させてくれます。ほとんどの続編物が無意味なものに終わり、記憶にも残らないものが多い中において、この作品は奇跡に近い輝きを持ち続けています。

 

 主家のお家騒動に絡み、汚職を追及しようとして逆に窮地に陥ってしまった、若い世間知らずな加山雄三を筆頭にする若侍達を、三船敏郎の演ずる三十郎が持ち前の手練手管を用いて助けていくと言う、誰にでもわかるストーリーです。

 

 入江たか子と団令子とのおっとりした掛け合いと、とぼけた捕虜小林桂樹の登場が、ともすれば殺伐な方向に行ってしまう物語の展開と映像表現を上手い具合に包み込んでいく、なんともいえない軽妙なそしてブラック・ユーモアとウィットに溢れる作品に仕上げました。この三人がいなければ、また前作のような暗い陰惨な作品になってしまうところでした。

 

 その意味で今回、新たにこれらのキャラクターたちを作り出したことは、作品に明るくとぼけた感覚を与え、本来の暗さを覆い隠しています。前作でも山田五十鈴加東大介、そして羅生門綱五郎などを使い、ブラックなウィットに富んだ笑いを生み出していましたが、ここではよりわかり易いユーモアを観客に提供しています。

 

 ただやはり続編と言うものはオリジナルと比べてしまうと登場人物が同一であるということでストーリー展開をある程度読めてしまうので新鮮味には欠けてしまいます。  

 

 前回の『用心棒』で、ヤクザ者にぼこぼこに殴られる三十郎は新鮮でしたが、『椿~』で二回ぐるぐる巻きにされてしまうのは、なにか二番煎じの感が否めませんでした。  ヒーローとして登場してくる三船は、この『椿~』と『用心棒』では、まさに西部劇での一匹狼のガンマンと同じ役どころです。

 

 『荒野の用心棒』ではからずも証明されたように、この作品は、いってみればチョンマゲ西部劇なのです。われらがヒーロー三十郎は人間としての欠点と弱さを随所に見せながら、決めるところではきちんと決めてくれます。

 

 彼のこの作品での最初の登場シーンは最高に笑えるコメディであり、神社の奥の間から、まるで神が降臨したかのような御開帳と共に現れて来ます。かなり汚く、むさくるしい神様ではありますが。

 

 しかも侍達を助けた後にお金をねだったりする、とても人間臭く、我々が感情移入のしやすい、放ってはおけない身近なスーパーヒーローとして、監督は三十郎を作り上げました。そして、その期待に十二分にこたえているのが三船なのです。前作よりも、より一層ユーモラスでチャーミングな三十郎像を作り上げています。

 

 黒澤・三船コンビが一緒に進んでいく間は、全ての作品が良いほうに向かっていきますが、彼の登場は三船プロの立ち上げもあり、残念ながら次回作の『赤ひげ』で最後になってしまいます。

 

 彼の黒澤作品での演技は、別れの時期が近づいてきている前の最後の輝きを放っています。お互いがプロなので妥協は一切ありませんが、いかんせん長い間ずっと一緒にやってきているために、仕事をしていく上で、お互いに新鮮さに欠けてきたのかもしれません。

 

 後年になり、黒澤監督が素人(油井昌由樹)や無名の俳優(頭師佳孝)を好んで使い続けたのは、「売れっ子」俳優のスケジュール問題だけでなく、新鮮さの維持と有名俳優と呼ばれる人たちに染み付いてしまっている芝居臭を監督が嫌っていたからだったのでしょう。

 

 前回に続き、黒澤作品に登場してきた仲代達矢はこの作品で、とうとう三船に並び、次回作の『天国と地獄』では後半の主役として活躍します。ここでの仲代の演技の肝は、いかに人を斬らずに凄みを出すかという事です。

 

 どんどん斬りまくる三船は斬る事により凄みを演出し、反対に仲代演ずる室戸半兵衛は人を斬らないことで人物の重みと剣客としての凄みを演出されています。

 

 つまり難しいのは、眼力と風格で人を威圧しなければならない仲代の方であり、この役を演じきった彼こそが、この作品の俳優陣の中でもっとも貢献度が高いと言えます。

 

 後年の黒澤作品での主役も『用心棒』から『天国と地獄』への流れを踏まえたうえで、彼の演技を見ての抜擢でしょう。もっとも印象に残った俳優こそが主役と呼ぶに相応しい。その意味において仲代が『椿三十郎』のまぎれもない主役です。

 

 前作で見られた陰惨さは影を潜めていますが、実際には三十郎の殺し方は止めを刺すための二回斬りが徹底されていて、斬殺音もはっきりと意識的に収録されています。なぜ陰惨さを感じないのかが不思議ですが、それは入江や小林を上手く使って中和していることと、光と影を見事に使った撮影のおかげです。

 

 実際問題、前作よりも三十郎が殺す人数はこちらの方が圧倒的に多く、人斬りの描写もこちらの方がより残酷に見えます。違いといえば『用心棒』の時のような人体切断の場面が存在しないことくらいです。

 

 ただ余談ですが、それだけ『用心棒』での斬殺と残酷映像がとてつもなく鮮烈であり、その鮮烈さに我々が慣れてしまったために、感受性が衰えて不感症になってしまったからではないかというのが、この作品であまり残酷さを感じない理由かもしれません。

 

 この作品の演出面で、特に素晴らしいのは斬りまくる三十郎ではなく、人を殺さず、ほとんど刀を抜かない室戸半兵衛であり、抜かないことで剣客としての凄みをより高く保っています。見終わった後の印象では彼のほうがより深く記憶に残っています。

 

 室戸が斬りまくる映像があれば、凄腕が二人とも暴れまわっているだけのただの「チャンバラ映画」もしくは東宝のもう一方の人気シリーズの『ゴジラ』の怪獣並みに成り下がってしまいますが、彼が刀を抜かないことが、彼の人間としての矜持を保ち、最後の決闘シーンでの「居合い抜き」に活きてきます。

 

 そして日本映画史上に残る決闘シーンとなった街道沿いの場面になります。ここでの血しぶきの映像のもたらしたインパクトは凄まじく、前回同様すぐにヤクザ映画で頻繁に使われていきます。しかしここで注目すべきなのは血しぶきではなく、にらみ合いの三十秒間なのです。このサイレント映画のような静寂のもたらす緊迫感こそがもっとも重要な演出なのです。

 

 演出面で、その他に思いつくのは、監督の作品の全てのシーンの構図と光と影のコントラストには意味があることです。馬小屋のシーンでの、積み上げられた馬草によって斜めに切られているような構図の映像での母娘に当たる光と三十郎によって作られる影とが、彼らのそれまでの人生を象徴しているようで、とても興味深いものでした。

 

 映画には映像ともうひとつ、音があります。この作品での音の使い方は凡人ではまねできない卓越した感性をうかがわせます。颯爽と響き渡る『三十郎のテーマ』からは、想像できないくらいの残酷な映像が次々に展開されていきますが、「椿御殿」での椿に被さる曲などはとてもユーモラスで、女性陣や若侍達の間が抜けた台詞と共に音楽というものが、この作品の映像の残虐性を中和していきます。

 

 そして最後のシーンでの二人の剣客の三十秒以上にわたる沈黙こそが、この作品での「音」の使い方で最も重要なものでした。監督はトーキーの中でも効果的にサイレントの良さをも我々に提示してくれます。

 

 環境面では、前回はほとんど宿場町の一角のみで一本の作品が撮られていましたが、今回は神社・侍屋敷・大目付の別宅・椿御殿・街道筋などいろいろな場所が用いられているために、開放的かつ発散されていく環境が作り上げられています。

 

 ドラマの重厚性と映像としての完成度ならば、『用心棒』が圧倒していますが、劇場で観た時の面白さ、つまりエンターテインメント性と作品としての開放感ならば「椿」です。どちらも優れた作品であり、甲乙つけにくい2本です。

 

 最初に見た時、所詮は『用心棒』の二番煎じに過ぎないものであると侮っていましたが、何度も見返すうちに監督がどうせ続編を作るのならば、最高のものを創って見せようという意気込みがはっきりと伝わってくる素晴らしい作品でした。

 

 主演俳優を含め、続編は新鮮味に欠けているのは仕方ないことです。ただしそれを補って余りある仲代の存在感の素晴らしさが、この作品を価値のあるものに高めています。

総合評価 94点

 

 

椿三十郎 [Blu-ray]

椿三十郎 [Blu-ray]

  • 発売日: 2009/10/23
  • メディア: Blu-ray
 

 

 

羅生門 デジタル完全版

羅生門 デジタル完全版

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video
 

 

 

用心棒 [Blu-ray]

用心棒 [Blu-ray]

  • 発売日: 2009/12/18
  • メディア: Blu-ray
 

 

椿三十郎

椿三十郎 [DVD]