良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ある殺し屋』(1967)市川雷蔵の秀作は実は現代劇にある。哀愁漂う無口な殺し屋の魅力。

 森一生監督、増村保造脚本、主演に市川雷蔵と来れば、出来上がりが素直な作品であるわけがない。市川雷蔵というと一般には「眠狂四郎」シリーズ、「忍びの者」シリーズ、「大菩薩峠」シリーズなどの時代劇が有名であるために、現代劇のイメージは皆無かもしれません。  しかし実は彼が出演した現代劇にはとても魅力に溢れる作品群が多いのです。「陸軍中野学校」シリーズにしろ、この「ある殺し屋」シリーズにしろ、個人的にはむしろ雷蔵時代劇よりも彼の魅力が発揮されるのは現代劇ではないかと思うくらいです。  作品としては当時、邦画の娯楽映画では珍しかったのではないかと思える時間軸をずらしたストーリー構成(いわゆるタランティーノ的時間感覚です。)が本来起伏に乏しいはずの単純な物語を複雑に、しかも分厚く、そしてケレンミたっぷりに見せることに成功している。  なぜ折り詰めは三つなのか、なぜ野川は雷蔵を「にいさん」と呼ぶのか、なぜ港の隅のボロ小屋に雷蔵が向かっているのか、なぜボロ・アパート契約の前に二人ですでに潜伏しているのかなど徐々に明らかになっていくシチュエーションをほとんど台詞なしで語っていく増村保造脚本は優れています。  静かなるスタートと哀愁漂う雷蔵の姿。冒頭5分間以上に渡る沈黙のモンタージュを見れば、市川雷蔵がどういう俳優であるかを知ることができる。期待が否応なく大きくなるこの冒頭のエスタブリッシュ・ショットは映画において滑り出しの映像構成が如何に大切かを見せつける。サングラス越しのクロース・アップはフランス映画の匂いがしました。この映画の撮影を務めたのは宮川一夫カメラマンである。  彼が市川雷蔵を撮るのは初めてではなく、溝口健二監督の『新 平家物語』でも彼を魅力的にファインダーに収めていました。宮川一夫が撮ると何故こんなに作品が活き活きと動き出し、出演俳優の魅力が普段よりも強くなるのだろうか。  出演者も作品世界に溶け込んでいて、浮いた人は誰もいません。市川雷蔵小池朝雄成田三樹夫野川由美子渚まゆみ、そして売れないタレントだった頃の小林幸子。独特の雰囲気を持つ俳優たちがいてこそ、この作品世界もまた独特の雰囲気を醸し出している。  雷蔵出演作品全てに共通する寂しげでクールな雰囲気は意図的に出されたものではなく、彼がそれだけ強烈な哀愁を撒き散らしていたからではないだろうか。いったい何が雷蔵をして、これだけの寂しさを40年近く経った今でもフィルムから出させ続けたのだろうか。魅力的ではあるのですが、なんともいえない彼の寂しさを思うと複雑な気分にさせられます。  赤絨毯の上を歩く殺し屋と標的。お互いが近づいていく中、まるでヒッチコック監督の『見知らぬ乗客』の冒頭シーンを髣髴とさせるようなお互いの足元だけのカットを素早くクロース・アップで繋ぎ、いよいよ殺される瞬間、注目している観客が期待と不安を胸に待ち受けていると、突如子供たちが割って入ってくることにより避けられる暗殺シーン。  サスペンス効果は抜群で、雷蔵による殺しのシーンを見れなかった無念さと監督にはぐらかされたことに対しての喜びに、思わずニヤニヤしてしまいました。してやられた感がまたとても良い。森一生監督作品には結構もたもたした所があるのですが、ここでも彼らしさが良く出ています。画面の向こうで笑っている製作者たちの余裕と楽しみを見る瞬間でした。製作者が遊んでいる作品は撮影の雰囲気をも感じ取る事ができ、この作品では成功している。  淡々と流れる作品世界の中で、きっちりと標的に集中して執念深くチャンスを窺う雷蔵と彼を殺して全てを得ようとする成田三樹夫野川由美子。舞台装置も素晴らしく効果的で、夜の暗闇の中、暗い室内、土砂降りの雨、カビが生える四畳半のアパート一間、世を忍ぶ仮の生活を営むために設けられた小料理屋、墓地、そして汚れきった海岸にある小屋などほとんどの舞台は本来ならば忌み嫌われる場所で展開される。  ただ暗いだけではなく、ある武器を使った暗殺シーンに代表されるようなアクションの見所もあり、雷蔵の数は少ないがカッコよい台詞や行動に強く惹かれます。ラスト・シーンで雷蔵が成田に語った言葉を、そのまま野川に捨て台詞のように投げつける成田の姿がコメディ的で興味深い。ただの殺し屋ムービーではない。  80分強の上映時間でコンパクトに編集されていて、とても観やすく、現代劇における雷蔵の仕事を見るには最適の作品でしょう。 総合評価 82点 ある殺し屋
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