良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『バッドサンタ』(2003)サブリミナル映像が入っているとすれば、中指を立てている右手?

 古今東西いろいろな国で公開されたクリスマス映画は数多くあれど、これ程フザケたクリスマス映画を他には知りません。正統派ベビーフェイス的作品である『ホワイト・クリスマス』『素晴らしき哉、人生』とは全く違うヒール的なクリスマス映画、それがこのテリー・ツワイゴフ監督による『バッドサンタ』です。  たしかにクリスマス映画らしく『月光』『ママがサンタにキスをした』『ジングルベル・ロック』などいかにもなクリスマスの名曲が劇中でも多く掛かります。その他『パパ・ラブス・マンボ』『ノクターン』なども流れるように選曲自体は至って普通なのです。  では一体このサンタ映画は他の企画とはどのように違うのでしょうか。それは一にも二にもそのお下劣さに尽きます。この映画にもしサブリミナル映像が入っているとすれば、それは中指を立てて『FXXK OFF!』と舌を出しながら叫んでいるパンク野郎か、臭ってきそうなクズ人間に違いない。  ビリー・ボブ・ソーントンが演じたサンタは一年中呑んだくれて、最悪のヘビースモーカーで、勤務中に二日酔いで失禁してしまい、サンタのカッコのままでのコスチューム・プレイや勤務時間内での更衣室プレイに励み、見ず知らずの子供の家に居候して好き勝手にやる無神経さを披露する、これまでのサンタ映画にはありえない設定です。  しかもこのサンタは当然偽者であり、その正体はクリスマス・シーズンのみの荒稼ぎで一年を暮らす金庫破りです。彼は相棒と二人で誰もいなくなったデパートに空き巣に入り、本来「聖なる夜」には子供にプレゼントを渡すサンタなのに、反対に親たちが自分の子供たちに与えるために支払ったプレゼント代金等の売上金の全てを奪って逃げてしまいます。まるで神社の賽銭泥棒のような情けないサンタをよくビリー・ボブ・ソーントンが引き受けたものです。  トニー・コックスが演じる相棒もまた凄まじく、身体障害者であることを最大限に悪用する小柄な黒人の汚さを普通の日常のように見事に表現しました。マイノリティーで障害者という境遇を美化することはせずに、ひたすら汚い人間として描ききった監督の思い切りは一体どこから来るのであろうか。日本ならば、すぐに腰砕けになるような凄まじい設定です。  敬虔なクリスチャンが観れば、必ず抗議活動を起こすような内容が満載されていて、車の中で、サンタ好きの好き者オンナといたす時に彼女の「Fxxk Me!Santa!」の大合唱が何度も聞けるとんでもない描写が延々と続く。子供のいる前で絡んだり、もうやりたい放題です。  ただこれは大金がたんまりと掛かったA級ハリウッド映画が絶対に描かない、カッコ良くない真実のアメリカの姿かもしれない。出てくる登場人物のほとんどがルックス的に最悪で、サンタをホームステイさせる子供の家にも両親は居らずにおばあちゃんのみしかいない。父親は冒険に行ったということになっているが、それは刑務所のことである。  子供たちも冷めていて、クリスマスシーズンだからといって大騒ぎしているような子供はただのひとりも出てこない。みなサンタの正体を知っていて、輝かない目でサンタを見ているのがどこか寂しい。   徹底的に現実のアメリカを見せる試みは続けられ、一日中TVから離れないおばあちゃん、オンナと金と酒のことしか頭にない主人公、自分で努力して何かをすることを放棄してしまった子供、自分の立場のみを考えるデパートの主任、物欲に執着して相棒を殺そうとする黒人、彼らの金庫破り計画を利用して分け前を要求する警備員などアメリカの病理とでも言っても良いような病んだアメリカ人ばかりが登場する。  ごく普通の白人アメリカ人家族の実生活を丹念に描写したTVアニメ『キング・オブ・ヒル』をもっとどぎつく『シンプソンズ』寄りにしたような内容です。  もちろんただただ下品なだけではなく、サンタを家に迎え入れた、ころころ太った子供とサンタとの友達のような交遊は言葉尻だけを取ると乱暴で滅茶苦茶な会話ばかりだが、根底には愛情を感じさせる。  マスメディアで垂れ流されるサンタ像がいかに陳腐で、大人の理屈で動いているものでしかないことを痛烈に批判する作品でもある。プレゼントなどという発想自体が宗教ではなく、商売の都合ではないか。ビジネスマンである大人を嘲笑う内容はブラックである。  ブラックな毒で埋め尽くされているサンタ映画で、悪意と風刺が効果的な作品です。リアルなアメリカ社会を描いているという点で好感が持てる。街のボランティアが練習する『サイレント・ナイト』のあまりにも下手な演奏には思わず笑ってしまう。映画のように上手く演奏出来っこないという真実に気付かせてくれます。  先ほど述べたようにぽっちゃりした子供の父親は刑務所にいるため、そしてなによりおとなしすぎる彼は学校でいじめられている。性格がとても素直な彼がいじめられてしまう世の中はやはりどこか異常なのだろう。彼もこういう状況から抜け出したいと願い、サンタに敵を取ってくれるよう頼むが、サンタは「自分で解決しろ!」と突き放す。ただし解決法は伝授する。  ここでも急所蹴り、急所突きに混じり、大人が子供をボコボコに殴り倒すなどというハリウッドではありえないような描写が飛び出してくる。夢も希望も特技もない子供の悲惨さ、既に人生の敗北者のようになってしまっている子供を描く深さは事なかれ主義のA級ハリウッド作品が目を逸らしてしまうテーマでもある。  大人になる前に彼は敗残者なのだ。抜け出すにはダーティな方法も肯定されるという現実は寂しい。辛辣なコメディだからこそ出来る社会告発にも見える。  音楽と映像の使い方で効果的だったのは『ノクターン』を掛ける時に展開される追跡シーンである。スロー・モーションを使いながらのアクションシーンは迫力がある。クライマックスでの少年にプレゼントを渡そうとするシーンでの演出はありふれてはいるものの効果的であった。  クリスチャンを冒涜するというよりも、マスメディアと大人社会の商売主導のクリスマスの捉え方に異議を唱える映画です。 総合評価 74点 バッドサンタ
バッドサンタ [DVD]