良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『ビートルズ武道館ライブ』(1966)ついに50周年を迎えた武道館ライブ!まだソフト出ない?

 年末にお休みだった日曜日に近くの三輪のお山まで原付に乗って、運転していると奇妙な光景をあちこちで見かけました。交差点にやたらと警官たちと揃いのジャンバーを着込んだおじさんたちが立っているのです。

 

 信号で止まったときに近くのお巡りさんに何かあったのか聞くと奈良マラソン開催日がこの日だったことが判明しました。奈良から桜井辺りにかけて、交通規制が敷かれていてコースとなる車道には乗り入れが出来なくなっていると聞かされました。

 

 偶然にも最後に車線に入れたのが僕だったようです。そのため、直線で15分以上も前方はもちろん、後続も誰一人追い抜いてこない状態となり、まるで重要人物の移動みたいになってしまい、沿道にいる人たちの視線を浴び続けるというなかなかない経験をしました。

 

 ザ・ビートルズ来日時に成田から都内に移動していく高速道路には交通規制が敷かれ、靄が立ち込めるなかを高速で彼らを乗せた車両が写っている様子に『ミスター・ムーンライト』が被さってくる映像を見たことがありますが、まさにこんな感じでした。

 

 そして今回の記事を書くことに決めました。本来は映画ではないのですが、音楽ビデオとしては重要なこの作品がいまだにDVD化もされず、ビデオもお蔵入りしたままで公式には簡単に見られなくなってしまっているのは非常に残念です。

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 ぼくはビデオが発売された当時は中学生で、値段も結構高かったために買うことは出来ず、当時黎明期を迎えていたレンタル屋さんでも並ぶことはありませんでした。  

 

 ちょうどそんなときにお金持ちの友達が武道館ライブの海賊盤を5000円くらいで購入したのを知り、すぐにカセットテープに録音してもらいました。しかし当時は劣悪な音質が当たり前の海賊盤でしたので、かなり悪い音でしたが、それでも嬉しく何度も聴いていました。

 

 以下が1966年のライブでのセットリストです。司会は今は亡きE・H・エリックです。岡田真澄のお兄さんですが、若い人はファンファン大佐といっても通じないでしょう。前座には尾藤イサオいかりや長介率いるザ・ドリフターズ、ブルー・コメッツなどが出演していて、ドリフターズの演奏シーンは動画サイトなどにアップされていたのを見たことがあります。

 

1. Rock And Roll Music 2. She's A Woman 3. If I Needed Someone 4. Day Tripper 5. Baby's In Black 6. I Feel Fine 7. Yesterday 8. I Wanna Be Your Man 9. Nowhere Man 10. Paperback Writer 11. I'm Down

 

 1曲目に『Rock And Roll Music』が入っているのは違和感があるかもしれませんが、日本ではカバー曲までがシングルカットされていて、なおかつこのナンバーの人気が高かったためにたしか選曲されたのだというのを何かの本で読んだのを覚えています。音の最終チェックをしているかと思っていたら、唐突に始めるカッコよさは絶品です。じっさい掴みとしては一気にファンを彼らの世界に取り込んできます。

 

 2曲目はポールの出番がやってきます。『アイ・フィール・ファイン』のB面曲ですが、このナンバーもなかなかの出来栄えでシングルチャートを駆け上がっています。

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 当時はEP盤というミニアルバムのようなレコードも発売されていて、このレコードのテイクでは『シーズ・ア・ウーマン』は別テイクで前奏の前にカウントが入ります。カウントが入るので有名なのは『オール・マイ・ラヴィング』のハイハット・バージョンがありますが、各国のアルバムによってはレア感があるのも彼らの魅力の一つです。

 

 3曲目は『イフ・アイ・ニーデッド・サムワン』。ジョージの番がやってきます。なにやらニヤニヤしながら歌いだすジョージですが、なんとも調子っハズレでなんだか日本のファンをなめているのかなあとも思いますが、後から伝わってくるインタビューでは当時のライブ中で彼らの歌をちゃんと聴いていたのは日本のファンだけだったようです。

 

 「じょ~じ!こっちむいてえ!」と聞こえてきます。リラックスしているのでしょうが、多分この演奏のシーンを引き合いに出して、ビートルズ下手説が拡散してしまったのではないでしょうか。インドに傾倒していったジョージですが、すでに演奏がダラダラしていてまさにドローン音楽になりつつあるのかなあと感じます。

 

 他の会場では絶叫に次ぐ絶叫で何も聞こえない状態だったので、PAが発達していない当時の技術での演奏では久しぶりに自分たちの音を確認しながら演奏できたパフォーマンスだったそうです。

 

 4曲目の『デイ・トリッパー』はラバーソウル発売前の先行シングルのA面曲でB面は『恋を抱きしめよう』です。ジョンがオペラ風におどけている感じが彼らしい。楽曲としてはかなり洗練されてきているのが分かりますし、ライブで使える新曲が減ってきている中ではノリの良いナンバーです。

 

 5曲目は『ベイビーズ・イン・ブラック』はボブ・ディランの影響下で作られたというけっこう暗い曲なのでライブに向いているかなあと疑問はありますが、さまざまな表情を見せてくれる彼らのオリジナルなので箸休めとして良しとしましょう。

 

 このへんを見ていて楽しいなあと思ったことはステージにマイクスタンドが2本立てられていて、曲やパートによって一本のマイクにポールメインでジョンがコーラスに参加したり、ジョンが単独で歌っているもう一本のマイクではポールとジョージがコーラスをつけている。メンバーが移動するたびにそちら方面のステージが湧いたりするのが楽しいし、ぎこちないながらもメンバーの煽りに反応しているファンの姿が微笑ましい。

 

 ジョンとジョージは右利きでポールが左利きなのでギターとベースがぶつかることはない。ジョージとジョンが同じマイクスタンドに立つとひじに当たりそうになりますが、そこらへんはキャバーンやハンブルグの狭いステージで慣れているせいか、問題なく演奏しています。

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 個人的には成田からの移動シーンで強烈な印象を残した『ミスター・ムーンライト』でも良かったのではないかと思っています。

 

 6曲目の『アイ・フィール・ファイン』はフィードバック奏法の先駆けと言われるナンバーです。シンプルだった『抱きしめたい』『シー・ラブズ・ユー』のころと比べるとかなり複雑になっているとバンドをやっていた友人が言っていました。

 

 いよいよ登場するポールの『イエスタデイ』。「ぽーる!」という黄色い声が楽しい。日本語で歓声が入るのも良いですねえ。ジョンは生前ポールのことを“イエスタデイだけの男”と皮肉っぽく語っていたとのことですが、これを作れるだけでも凄いですし、彼の才能を認めているからこその発言ではないでしょうか。

 

 8曲目はリンゴの唄です。家でレコードを聴いているときは彼の歌はトイレタイムか、これまでのアルバムを振り返る時間ではあります。今回歌っているのはいつもの『彼氏になりたい』で、ローリング・ストーンズにプレゼントした曲です。ライブでは三人がリンゴを盛り上げていて、ビートルズは4人なんだなあとしみじみと感じさせてくれます。

 

 9曲目は『ひとりぼっちのあいつ』。ジョンの内省的なナンバーです。『ヘルプ!』にしろ、この曲にしろ内省的な内容をアップテンポで歌っています。ソロになってからはスローなナンバーに深刻な歌詞を載せていくものが増えていきますのでその先駆けだったのでしょう。

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 10曲目には次回作の『リヴォルヴァー』の先行シングルである『ペイパーバック・ライター』が披露されます。ただ残念ながらこのナンバーはスタジオ時代らしい実験色が強くなってきていて、歌詞もラブソングではない。大人になったビートルズのナンバーですので歌詞が分からない日本人だからなんでも受けるが、英語が分かる地域では盛り上がったのか疑問です。

 

 そしてラストに歌われるのはポール師匠の『アイム・ダウン』。ラストにふさわしいロックなナンバーで彼の絶叫スタイルが多くのファンを虜にしたのがよく分かるナンバーです。30分にも満たない演奏ですので彼らをもっと見たいファンたちは肩透かしを食らったかもしれませんが、彼らのステージではこれが標準セットなので仕方ない。  当然アンコールはなしです。ファンが興奮している中、またエリックが出てきて終わったよと告げて本当にあっさりと終ってしまう。

 

 アルバム的には『ビートルズ65 フォー・セール』関連から1、2、5、6が演奏されています。当時のニューアルバム『ラバー・ソウル』からは3、4、9が選ばれています。『ヘルプ!』からは7、11が、そしてリンゴタイムとして8が演奏されている。

 

 どうせなら、『ホワット・ゴーズ・オン』とかの方が珍しくて良かったのになあ。ライブと決別した次作『リヴォルヴァー』からの先行シングル『ペイパーバック・ライター』が取り上げられている。難しい曲であり、ラブソングでもないので躍動感はない。

 

 実際に観に行った人もテレビ中継にかじりついていた人も夢のような時間を過ごしたのではないでしょうか。ロックが反抗的で反体制的な文化の代名詞だったころに聴いていた世代とロックがすでにメインストリームになっていたころに当然のように聴いていた人では彼らへの思いはまるで違うだろう。

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 ましてや音楽の教科書にテキストとして『イエスタデイ』などが載っている世代のファンとは印象がまるで違うであろう。音楽的な出来としてはあまり素晴らしい演奏とは思いません。

 

 楽しそうにも見えない彼らの疲労度は極限まで蓄積されている一方の時期ですので公衆の面前に出ること自体が煩わしかったでしょう。キリスト発言、日本での右翼や論客によるバッシング、フィリピンでの騒動などで疲れ果ててしまった彼らがスタジオに引き籠もるのは仕方なかったのでしょう。

 

 それでもビートルズが武道館で演奏した意味は大きく、当時聴いていた人たちがのちに武道館で演奏することを目標にしたのは間違いないでしょうし、欧米文化を理解する手助けにもなったでしょうし、深く浸透させた功績は大きいでしょう。

 

 比較的簡単な歌詞だったことも世界中で受け入れられた一因でしょう。極東アジアでも東南アジアでも大人気でオーストラリアでもライブをしてきました。南米でも演奏していない。ブラジルなどではレコードは販売されていましたが、演奏旅行は実現していない。

 

 ロシアなどのワルシャワ条約機構軍が駐屯していた地域では演奏は出来なかったのは今では考えられないパワーバランス状況です。当然ですが、共産中国でも演奏していない。

 

 ロックが世界を変えるほどのパワーがあったかは疑問ではありますが、一般市民に対してどこの国の若者も考えることは同じなのだなあと理解させてくれる一助にはなり得たでしょう。

 

 テロや妨害などの暴力を伴わない限り、メジャーにはならないものの反政府的な出版物や反政府的なメッセージを語れる国が良い国なのだとすると日本はまだ良い方でしょう。