良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『姿三四郎』(1943) 20世紀を代表する巨匠、黒澤明監督のデビュー作 ネタバレあり。

  1943年という太平洋戦争の真っ只中に作られた、黒澤明監督の記念すべきデビュー作にして、理屈抜きに楽しめる素晴らしい作品。戦時中という言論統制が強い時代の中でも大衆が見たかった映画をデビュー作から作り上げた黒澤監督の苦心と才能。

 平和な時代に生きる我々には想像のつかない数々の規制がかけられていたようです。ラブシーンは西洋的だから削除しろとか、フィルムを使いすぎるなとか、今の感覚からすれば考えられないことがまかり通った酷い時代でした。

 そんな中でも戦意高揚にあまり関係あるとは思えない、柔道を題材にとったスポーツ物をデビューから撮れた事は、監督自身の『姿三四郎』映画化に向けての熱意(自分で東宝の重役を説得して、原作者からすぐに映画化の権利を獲得。)とともに、東宝山本嘉次郎監督のバックアップを抜きには考えられません。

 先取り精神に溢れていたといわれる当時の東宝だからこそ、自由に撮れたのかもしれません。ともあれ実際にこの作品の画面からは若さを謳歌するような瑞々しさと熱意がしっかりと伝わってきます。

 当時の映画ファンが観たかったものを、はっきり形にした才能と意志は、国策映画や戦地での戦勝映像(いわゆる大本営の御用達の転進やらの嘘映像)に飽き飽きしていたはずの観客にも歓迎されたことと思います。

 映画的な表現を主にして、つまり出来るだけ俳優に場面説明的な台詞を使わせる事なく、映像の動きと音で意味を伝えようとしています。見事にそれをやってのけた黒澤監督には、デビュー作から非凡な才能の片鱗どころではなく、既に才能が開花している印象があります。

 凡庸な監督はすぐに台詞やカメラワークやカット割でごまかそうとしますが、そこまでしてもあまり観客に伝わらないのが実際のところです。

 この作品には映画本来の持つ良さが詰め込まれていますが、それらが各々とり散らかることなく、しっかりとひとつの作品として纏まりを持っています。ひとつの作品の中にこれほど多くの映画的表現の素晴らしさを味わえるものはそう多くはありません。

 黒澤作品の中でも指折りの作品が『姿三四郎』なのです。今まで貯めていたものを一気に出し切った感じがあります。後々の作品にも度々表れるテーマでもある「師匠と弟子」、両極端な人物設定、ダイナミックな殺陣のシーン、無駄の無い1カットでも成立している美しく計算された画面、編集の巧みさ、音のオン・オフの使い方の良さ。

 印象に残る映像は何度も出てくる闘いのシーンと、神社での淡いラブシーン。爽やかで切ないシーンです。殺陣のシーンでは特に工夫を随所に見せてくれます。冒頭の闇討ちのシークエンスからいきなり最高潮に達し、観客の目を釘付けにします。

 取り囲まれながらも、何人もの敵を投げ飛ばす矢野正五郎(大河内傳次郎さん)のかっこ良さ、ただし、それを納めた映像がまるでネガを見るような薄暗さ。構図が素晴らしいのに逆光のためか見にくいことが難点です。

 闇討ち事件をきっかけに弟子入りする三四郎(藤田進さん)の下駄の映像。下駄で時間の経過を表す手法(昔の外国映画からアイデアを練ったそうです)には監督のセンスの良さを感じました。弟子入りしてからの未熟な時の三四郎を表す映像のよさも素晴らしい。

 縁日で力士を投げ飛ばす三四郎。この時に実際に投げ飛ばす映像はありません。いきなりジャンプ・カットで後日叱られている映像が入ります。当時の世情からして国技の相撲が、劇中とは言え柔道に投げられるのはよろしくなかったのでしょう。その後、有名な睡蓮のシーンに続きます。

 闘いはその後も続き、後の劇画にも大きな影響を与えたとされるストップモーションや特撮を用いた門馬三郎(小杉義男)との闘い、恋話にも絡めた、村井半助(志村喬)との息を呑む一騎打ち(最初から黒澤監督作品に出演!)、そして最後のクライマックスである檜垣源之助(月形龍之介)との果し合い。

 この最後の闘いでのセットでは出せない、ロケでの遠くにそして高い位置に据えたカメラの映像美。風が吹くまで待った監督はじめスタッフ全員の執念。その風が決戦の舞台を劇的に盛り上げます。扇風機で送る風では野原一面には風が吹きません。本物の風だから出せた緊迫した臨場感。スタッフの活気も伝わる映像です。

 闘いのシーンだけでもこのように沢山の見せ場があります。しかもそれぞれの闘いを違った演出で撮り分けることにより、闘いそのものにそれぞれ違った意味を持たせています。全篇通して見てみても緊張の場面と弛緩の場面を交互に持ってくることにより、観客を飽きさせない配慮をしています。この監督、ただものではない。そう思わせる内容です。

 人によっては50年代の傑作群と比べるとどうか、という意見を持つかもしれません。しかしそれは正しくないものの見方です。歴史は過去から現在に向かってくるものであり、後の作品からするとどうも、というのはこの根本を見誤っているのではないでしょうか。

 過去作に比べると今回のはどうかなあ、というのは解りますが、逆は本来おかしいのです。全ての映画監督は自分のものだけではなく、過去に観てきた全ての映画から意識する、しないにかかわらず新しい作品を産み出します。つまり過去から学び、試行錯誤しながらその監督自身のスタイルなり、個性に気づいていくものではないでしょうか。

 黒澤明監督は既にデビューした時からそのスタイルを示してくれているのです。良いところも悪いところも含めて。良いところは脚本、演出、画面構成、テンポの良さ(ここでは編集を後藤敏男さんに任せていますが、後は自分でカットしていきます)。

 悪い点は後々でも度々指摘される台詞の聴きづらさです。音の使い方にはセンスを感じるのですが、台詞はかなりきつい。大河内が特に聞き取りにくい。(『虎の尾を踏む男達』でも何を言っているのか解りにくい)。『蜘蛛巣城』ほどではありませんが。

 それでもこの作品は偉大なものです。他の巨匠と呼ばれる監督達のデビュー作と比べてもなんら遜色の無い出来栄えです。こんなに素晴らしい作品を我々日本人は字幕なしで見ることが出来るのです。この幸せ。その当たり前と思っていることへのありがたみを忘れては日本映画の良さは味わえない。

 

総合評価 90点 姿三四郎

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