良い映画を褒める会since2005

他ブログで映画記事や音楽記事も書いておりました。評価基準は演出20点演技20点脚本20点音楽10点環境10点印象20点の合計100点です。

『アレクサンドル・ネフスキー』(1938) ロシアの巨匠エイゼンシュテイン監督の初トーキー作品

 1938年というと、第二次大戦開戦前の緊張状態が沸点に達する寸前であり、この年に製作された『アレ~』はエイゼンシュテイン監督にとっては、むしろ初トーキー作ということに対する彼自身の好奇心よりも、撮りたくもないテーマで映画を製作しなければいけなかった悲しささえ感じてしまう作品でした。

 作品自体は驚異のレベルを誇る大作であり、トーキーに入ってからハリウッドに全く相手にされなくなってしまったD.W.グリフィス監督に比べれば制作費や人員を莫大に使えるだけましかもしれません。

 ただエイゼンシュテイン監督に対して思うことはこの『アレクサンドル~』と『イワン雷帝』のような古典しか自由に撮れなくなってしまった事が惜しまれるということです。自由にと書きましたが、古典である『イワン雷帝』すらスターリンに睨まれてしまう、作家にとっては閉塞感のある最低の時代でした。

 その中で出来ることを表現した『アレ~』の出来栄えは、圧力からどうしても入れなければならなかったであろう農民の活躍(ありえない)や共産党のスローガンを劇中に無理やり押し込まれてしまうという歪な形になってしまっているものの、監督のセンス溢れる編集と演出のおかげで素晴らしい作品には仕上げられています。

 あれだけの制約の中で、映画史に残る作品群や理論を提示した彼のことです。自由に作れていたら、監督の名声はより大きなものになるはずでした。残念です。

 モンタージュ理論を実践した作品をサイレントで作っていた彼は、当初トーキーに対して否定的でしたが、この『アレ~』からは製作出来るだけでも喜んでいたのかもしれません。やる以上は一所懸命にやる彼ですから、出来上がりは素晴らしく、スペクタクルな一大英雄譚をモノにしました。歴史物であるために絵巻物のような作品です。

 映像として特に印象に残るのは「氷上合戦」シーン、これに尽きます。古今東西、全ての映画の決戦シークエンスの中でも、指折りの作品です。ひたすら続く肉弾戦のモンタージュは、激しさと躍動感があり、画面から汗の臭いがして、むせ返るような臨場感を持っています。

 美しさもずば抜けていて、人間の浅ましさと凍った湖上という雄大な自然との対比が興味深い。所詮人間は雄大な自然の前ではちっぽけなものです。ドイツ騎士団は最後に割れた氷の中に落ちて行きます。まるで壇ノ浦の平家のように。

 戦いに向けて徐々に緊張を高めていく音楽とクロスカットを頻繁に用いて、ショットの切り替わりを徐々に速めていく編集の巧みさに感心しました。音楽と映像の配置の巧妙な計算はエイゼンシュテイン監督ならではのものでしょう。やるのならば、徹底的に磨きをかける情熱は映画の第一人者ならではなのかもしれません。

 もうひとつ印象に残るシーンといえば、処刑の場面でした。かなりえげつない残酷なシーンがあり、これはドイツ騎士団によってなされます。戦争に勝った後にロシア軍が彼らを裁く時はとても寛大な処置をとるなど、見ていて鼻白むようなふざけた演出もありますが、映画としてみた場合、自他を描き分けるには良い方法だったと思います。

 歴史的に見た場合、当時のソ連にとっての脅威は日本でなく、ドイツでした。その意識のある中で作られたこの作品は、ドイツへの警戒感と日本への侮蔑が同時に描かれています。作品の前半に中国人らしいアジア人が出てきて、ロシアの英雄アレクサンドルをコントロールしようとして失敗しノコノコ帰るシーンがあるのです。

 このシーンは日本を暗示していて、これはうまく懐柔しておいて後で料理すればよいということが台詞でもはっきりと語られています。ソ連政府が、国民全体にどっちが先かを映画で伝えた、という意味でまさにプロパガンダです。出来は素晴らしいですけどね。最後に、侵略者に対する警告メッセージも繰り返し叫ばれ、字幕でも出てきます。恐い。

総合評価 83点

アレクサンドル・ネフスキー/セルゲイ・エイゼンシュテイン-人と作品-